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詩のようなものを書いています。
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2018.05.22 Tuesday 
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トレード コース1 『前進』6




大量のヒグラシが鳴いている。

「ちょっと、考えさせてくれ」ついさっき、そう言った啓は、よろよろと自宅に帰っていった。

 馴染みがない、だけど、今まで確かに人が暮らしていた気配が残る部屋。
 おれは、ぼんやりと寝ころんでいた。柔らかい布団からは、わずかに花のような香りがする。枕もとの、アヒルの形をしたデジタル時計には、午後5時24分と表示されていた。

「もう、そんな時間になったのか」

 まるで旅行先の旅館から、景色を眺めるような気持ちで、窓に目をやった。あの、実感がない、夢の中にいるようなふわふわした気持ち。
 異邦人、ふとそんな言葉が浮かんだ。
 窓の向こうには、鮮やかな夕日のパノラマが広がっている。
 住宅街だから、家々の屋根がそれなりに空を隠してしまっているけれど、それでも、その太陽は金色で、曇りがない。きれいだった。
 真円の太陽は、近くに浮かぶ雲をも金色に染めて、雄々しく沈もうとしている。明日は晴れるな。そんなことを思った。


 昔、おれがまだガキの頃、親父が手を引いて、近所の河原に連れて行ってくれたことがあった。
 今思えば、ただ単に、酒屋に行く通り道だったのだが、それでも、あの日の夕焼け空は、覚えている。
 そうだ、そのとき、親父が教えてくれたのだ。「見てみい、夏生」宝物を見つけたみたいに、太陽を指差して「夕焼け、きれいじゃろ。知っとるか?夕焼けがきれいじゃとな、次の日は、よう晴れるんで」と子供みたいに笑った。それから、また夕陽を眺めて「きれいじゃなあ」と微笑んだ。
 その時の親父の顔が、はっきり目蓋に浮かんできて、ふいに泣きそうになった。

 軽く、目をつむる。
 涙をこらえるためだったけれど、薄い闇のなかで、心が落ち着くのがわかった。何も見ずに、考えをまとめる。そういえばそれが、おれの癖だった。目を閉じていると、徐々に安定した思考が、ゆっくりと働きはじめてくる。

 閉じた暗闇。頭に浮かぶのは、さっきまで占めていた親父と夕焼けの景色ではなかった。
 おれと、入れ替わってしまったかもしれない、少女のことだ。
 いま、どうしているんだろう。おれと同じに、驚いて、戸惑って、一人で泣いているんだろうか。
 ふと、自分の手を見る。右手に、折りたたみ式の鏡が握られていた。ずっと握りしめていた、それを目の前にかざしてみる。すぐに、快活で理知的な容貌の少女が覗き込んだ。
 いや、ないな。と思う。泣いていないな。負けん気の強そうな顔立ちだ。おれみたいに、情けなく取り乱したりはしなさそうな、明るくて強い顔。見慣れない自分の顔をみつめて、なんだか元気が出てくるのを感じた。前向きな考えが、胸をいっぱいにした。

 考えてみよう。もとに戻れる方法を。
 この少女だって、おれと同じ立場に立っているなら、何とかしようと行動するはずだ。きっと、するはずだ。怖がったり、しないで。

「ただいまー」

 重い扉が開閉する音と、オバサンの声が、階下から聞こえる。
 どうやら、パートから帰ってきたらしい。そうだ。少女にも、家族がいるんだ。おれが両親を想うように、少女も彼らのことを案じているかもしれない。
 話してみようか。ふと、考える。啓に必死に説明したように、少女の家族にも。
 だけど、あんまりにも突飛すぎる話だ。まともに聞いてもらえるかどうか。先刻のオバサンの様子を思い出して、おれはちょっとためらった。あの手のオバサンっていうのは、たぶん、あんまりこちらの話を聞いてくれない。厄介な相手かもしれない。それに、家族が何人いるかもわからない。全員を説得するのに、どれだけの労力を必要とするか。

(ひとりに説明するだけでも、こんなに消費するのに……。一家、全員になんてむりだ)

 寝ているのに、眩暈がした。やっぱりだめだ。せめて、啓がおれのことを信じてくれたら。そうしたらまた、考えてみよう。

「チヨ、具合どお?桃買ってきたわよ。剥こうか?」

 ドアの隙間から顔を出したオバサンが、ニコニコと言う。
 いまは、彼らに心配をかけるべきではない。もちろん疑われるのも、困る。

「うん。だいぶ良くなったみたい。桃、食べたいな」

 こんなもんか?女子高生って。考えながら、当たり障りがないように、返事をした。
 自分の声が高いのには、少なからず閉口してしまう。ぎこちなく笑ったが、オバサンは気づいていないようだった。
 ばたばたと忙しなく動いていたオバサンは、すぐに桃を剥いて運んできてくれた。白い器を受け取って、桃をほおばる。ほどよく甘い。桃のふんわりした香りが、鼻腔に抜けた。

「おいしい」

 素直な感想を述べると、オバサンは「そうでしょ」と笑った。「奮発して高いの買ったのよ」カラカラと笑う。明るく、屈託ない、健康的な笑顔。本当に、良く笑う人だな、と思う。
 あくびが、ひとつこぼれる。桃を平らげたら、急に睡魔が襲ってきた。桃の甘さに、身体と心が緩んだのだろうか。

 目を閉じると、身体は思うまま、眠りの渦にうながされて、やがて見えなくなった。



……トレード コース1・『発覚』7へつづく……



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